アベノミクスの挑戦:第4の矢はイノベーションとグローバリゼーション

「ジャパン・パッシング」(日本素通り)から、一夜にして、「Japan Back on to the World’s Radar = 世界の市場の目は日本に注がれる」へ

2014年10月31日、日本銀行は正に、市場の不意をついて、追加金融緩和を実施した。伝わったのは午後1時44分ごろ。普段ならば12時頃には発表される政策決定会合の結果に、市場参加者が気をもんだタイミングだった。日経平均株価はわずか3分で約400円高と急騰。その後も買いが続き、前日比755円高の1万6413円と約7年ぶりの高値をつけた。サプライズは瞬く間に海外に波及した。香港、シンガポールなどアジアの主要株式相場は軒並み上昇。日本時間夜になり米国市場ではダウ工業株30種平均が最高値を更新した。外国為替市場では円が一時1ドル=112円台と、6年10カ月ぶりの円安水準をつけた。この日の相場は、このニュースが世界を牽引した。市場関係者の多くは、その眼差しを日本市場とアベノミクスの行方に向けた。

 

アベノミクスの今:安倍首相のWSJ寄稿から

2014年9月3日、第2次安倍改造内閣が発足した。安倍政権は、2012年12月の発足以来、第二ステージに入った。現政権の掲げる経済政策「アベノミクス」は、様々な評価と批判、そして期待を招いた。首相自身も、2013年9月26日ニューヨーク証券取引所での講演において、「Buy my Abenomics(アベノミクスは『買い』)」[1]と述べ、また、同年12月30日の東京証券取引所大納会でも、「来年もアベノミクスは買い」[2]と発言し、現在、日本の経済・金融政策の代名詞となっている。

2014年9月18日、WSJへの寄稿[3]のなかで、首相は「第二ステージ」への取り組みについて、以下の項目で述べている。

  • 法人税の実効税率の引き下げ:今年度4%引き下げ、来年度さらに引き下げる予定。最終的には数年で20%台を目指す。
  • コーポレートガバナンス(企業統治)の強化:東証1部上場企業の74%が社外取締役を任命しており、その割合は過去1年で12%増。
  • 新規参入企業がなかった産業分野の開拓:電力と健康医療サービス分野について、新規参入を促す。電力市場はわずか1年で38社から59社へと6倍成長。
  • ビザ発給要件の緩和:訪日客は昨年初めて1000万人を突破、今年は現在までで既に25%増と、昨年の見事な増加率を上回る。
  • 農業を成長セクターへと転換する施策:農地の集約と大規模化を目的とした都道府県ごとの「農地バンク」の設置。日本の農家の競争力強化に向け、伝統的な農業団体(農協)を改革。
  • 規制緩和への取り組み:「国家戦略特別区域」において、規制改革を実施する地域を拡大、7月半ば以降、200を超える規制改革案を国会へ提出。特区では、有能な起業家やその従業員、外国人ホームヘルパーにとって快適な環境作りを目指し、日本人以外の起業を含む新事業を支援。

第2次安倍政権の発足後、アベノミクスの第1、第2の「矢」である「金融・財政政策」は速やかに放たれた。一方、第3の矢「成長戦略」と、国内外から注目を集める「第4の矢」は、その実効を上げるまでに、かなりの時間を要している。3本や4本どころか、規制緩和、イノベーション、グローバリゼーションを加速する様々な施策が、矢継早に放たれることが、市場の期待である。

 

アベノミクス、これまでの総括:成長戦略に課題

2012年12月、安倍首相は、就任後初の記者会見で「政権に課せられた使命は、まず強い経済を取り戻すことだ」と述べ、財政・金融政策を総動員して景気回復をめざす考えを表明した。首相は、当時の内閣を「危機突破内閣」と命名した。経済再生と東日本大震災からの復興、危機管理の3点に全力で取り組むことを明言した。経済再生にあたっては「大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の三本の矢で力強く経済政策を進める」と強調した。以下、本稿執筆中の2014年11月までの2年間、主に経済再生の観点から、政策推移を総括する。

 

表 1: アベノミクス、これまでの政策推移

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出典: セレント分析

 

第1の矢「金融政策」について、異次元金融緩和政策は奏功し、デフレから着実に脱却しつつある状況といえる。一方で、2015年度の物価目標2%には不透明感が濃厚で、物価動向をモニタリングした金融緩和策の継続と、規制緩和、イノベーション政策が期待される。

第2の矢「財政政策」についても、2度にわたる補正予算は、景気の底上げや消費税増税の影響緩和に寄与したといえる。一方で、具体的な財政政策は、これまでの従来型の公共事業に依存した対策に終始している。

第3の矢「成長戦略」については、「日本再興戦略」の改訂版において、法人税減税、雇用、医療、農業の各産業分野における規制改革に踏み込むものの、エネルギーなどの新分野、イノベーション政策、グローバル戦略などの分野での目新しさに欠ける。

「成長戦略」について、首相自ら、2014年6月30日付フィナンシャル・タイムズ紙への寄稿[4]において、以下の項目で述べている。

  • 第3の矢に関する約束への回答:法人税率引下げ、コーポレートガバナンスの強化、社外取締役任命に関する説明規則制定、日本版スチュワードシップ・コードの受入、年金積立金管理運用独立行政法人の改革など、日本の構造改革は、そのギアをハイギアにシフトし推進することを明言。
  • 消費税増税への懸念の払拭:消費の落ち込みは一時的なもの、前回引上げ時の1997年当時との違いを強調、雇用市場の改善、賃金の上昇、輸入の拡大は、増税への懸念を払拭すると、日本経済の回復状況に言及。
  • 高齢化社会と低下する出生率の中での持続可能性:「ウィメノミクス」(女性活用)の旗印の下、53万人の女性が労働市場に参入、大企業は、少なくとも1人の女性を役員として任命するルールなどの成果を強調。キーワードを多様性とし、女性、若者、高齢労働者や特別な能力を有する人々などなど、柔軟性を欠く労働制度の改革を例示。

こうした政策推移に対して、市場の評価は一定の水準を維持している。2014年5月以降、新成長戦略(「日本再興戦略」の改訂版)への期待高揚から、日本株は上昇基調に転じて、15,000円台を回復。2013年後半は、戻り高値局面において発表された成長戦略(「日本再興戦略」)への失望感から、海外投資家の売り相場を招いた。2014年は、年初来の高値段階から海外投資家の大幅な売り越しが続いていたが、新成長戦略の発表は、買戻しの契機となった。これまでのところ、市場はアベノミクスの政策に、一定の期待を維持して推移している。2015年は、当初予定された2度目の消費税引上げ(当初2015年10月予定、その後18か月の延期が表明された)、インフレ率2%達成と財政健全化の目標年となり、当面のアベノミクス成果が問われるマイルストン年次となる。

そして、2014年11月21日、首相は「アベノミクスの是非を問う」と自ら宣言し、衆議院を解散した。12月の選挙を通じて、市場のみならず選挙民は、その政策への信任を明確にする。

 

図  1: 日経平均株価(NIKKEI 225)の推移

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出典: NIKKEI, JPX, Celent

 

図 2: 海外投資家の日本株売買推移

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出典: NIKKEI, JPX, Celent

 

アベノミクス、今後の期待:第4の矢はイノベーションとグローバリゼーション

2013年6月、日本政府の成長戦略は「日本再興戦略」として発表された。第1、第2の矢を受け、企業や国民の自信を回復し、「期待」を「行動」へ変えるための具体的な取組みとして、「日本産業再興プラン」、「戦略市場創造プラン」、「国際展開戦略」の3つのアクションプランを掲げている。中でも、「国際展開戦略」においては、拡大する国際市場の獲得を、政策目標として明示した。

更に、2014年6月、その改訂版の中で、重点課題に対する10の政策焦点が明示された。日本の「稼ぐ力」を取り戻す政策として、コーポレートガバナンスの強化、公的資金運用見直し、産業新陳代謝の促進を掲げ、法人税改革、イノベーション推進も盛り込む。また、革新の担い手と新たな成長エンジンとして、女性活用、外国人材活用などの雇用改革、地域産業再興策としての医療、農林水産業への注力を表明している。成長戦略の担い手として、民間事業者の役割を重視した点も、特徴点といえよう。

 

図 3: 日本再興戦略 3つのアクションプラン(2013年6月)

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出典: 「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」 http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013.html

 

図 4: 日本再興戦略 国際展開戦略(2013年6月)

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出典: 「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」 http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013.html

 

図 5 日本再興戦略 改訂版(2014年6月)

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出典: 「日本再興戦略」改訂2014 -未来への挑戦- http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013.html

 

グローバル市場は今後も、第4の矢の明確な方向性に、大きな関心と期待を寄せ続けるであろう。当初の、消費税増税を伴う財政再建、その後、東京オリンピック(2020年)の開催決定など、その方向性は移り変わりつつあるが、追加的な刺激策、持続可能な構造改革が必要なことは、全ての市場関係者に共通の認識である。

 

セレントは、イノベーションとグローバリゼーションこそが、成長のドライバーと信ずる。金融ビジネスの領域では、今まさに、2つのグローバリゼーションが進行中である。すなわち、海外拡大戦略と国内市場のグローバル化である。前者は、新興国における金融市場創設に際しての、官民一体となった支援と事業化、アジア市場を中心としたM&Aの展開、製造業の海外生産に呼応したローカル金融ビジネスの展開である。後者は、金融資本市場のグローバル化、法人向け、個人向け双方でのグローバル金融サービスの展開である。そのいずれもが、デジタルを筆頭とした、エマージングテクノロジーを活用したイノベーションによりドライブされている。アベノミクスの第4の矢もまた、イノベーションとグローバリゼーションにその標的を絞ることが期待される。

 

図 6: セレントの考える、成長戦略のテクノロジードライバー

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出典: セレント

 

[1] Address by H.E. Mr. Shinzo Abe, Prime Minister of Japan, at the New York Stock Exchange, September 25, 2013, http://japan.kantei.go.jp/96_abe/statement/201309/25nyse_e.html

[2] 「来年もアベノミクスは買いです」 値上がりに沸く大納会で安倍首相があいさつ、December 30, 2013, http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131230/fnc13123016480005-n1.htm

[3] The Next Stage of Abenomics Is Coming, WSJ, September 18 2014, http://online.wsj.com/articles/shinzo-abe-the-next-stage-of-abenomics-is-coming-1411080939

[4] My ‘third arrow’ will fell Japan’s economic demons, FT, June 30, 2014, http://www.mofa.go.jp/p_pd/ip/page4e_000101.html